下京区コンプトン

下京区コンプトンに住んでいました。

コロナ渦中のオーストラリア結婚ビザ申請〜渡航までの備忘録

コロナの大流行中という特殊な状況下でのオーストラリア渡航について、時々周囲から問い合わせがあるため、備忘録も兼ねて渡航までの道筋を記録しておこうと思います。

 

●2019年12月末

オーストラリアで結婚

 

この頃、コロナが中国で発見されたかされてなかったかぐらい。

こんな状況になるとは全く考えていなかったので、結婚後は一旦僕が帰国した上でオフショア(国外からの結婚ビザ申請)を行い、ビザが下り次第オーストラリアに移住する計画だった。

オフショアを選んだ理由は

オンショア(国内からの申請)に比べてビザの審査期間が短い

②家族の用事などで一旦帰国の必要があった

③日本側の必要書類などが国内からの方が調達しやすい

妻と最大一年近く離れ離れなるリスクはあったが、移住の準備や資金調達にも時間が必要だったため、一旦帰国することになった。

 

●2020年1月

帰国&申請準備

 

帰国すると同時に申請の準備を進めた。

主なタスクは書類集めで、関係の各役所を行ったり来たりした。

書類は主だったところで言うと、

マイナンバーが記載された戸籍謄本→birth certificate+marriage certificate+national identity card

・警察発行の無犯罪証明書(police certificate)

・上記書類の英語翻訳

・2人の関係を証明する個人的なメッセージ、手紙のやりとり、写真など

などなど多岐に渡った。

 

特に戸籍謄本と無犯罪証明書は英訳文章が必要で時間を要するため、年が明けてから早々に取りに行ったのを覚えている。

 

オーストラリア政府側が基本的に全てweb上で手続きを進められるのに対して、日本は対面でないとなかなか発行してくれない書類もあるため、帰国して正解だったと思う。

 

基本的に審査は「結婚が事実に基づくものか(偽装でないか)」を確認するものなので、情報記録をなるべく事実に沿って詳細に書くように努めた。

20ページに及ぶ申請書のなかで「過去10年内の海外渡航記録」という項目があり、休みのたびに海外旅行に行っていたこの10年を呪うことになった(書ききれなくて欄外にはみ出た)

 

●2020年1月最終週

申請&支払い

 

7,300ドル一括。泣いた。

このころ中国がパニック状態に、欧州にも飛び火し不穏な空気が漂い始める。

 

 

●2020年2月

オーストラリア政府指定医療機関での健康診断

 

まさかの3万円超。

泣いた。

クルーズ船や日本国内でも感染者が出て、混乱が大きくなる。

マスクや消毒液が店頭から消えたのもこの頃だった。

 

 

●2020年3月

妻が来日

 

コロナが世界各国で猛威を振るう中、まだ安全地帯だったオーストラリアから妻がやってきた。

混乱が大きくなってはいたが、まだ旅行を楽しむ外国人がいた頃だった。

帰国予定日の前々日にオーストラリアがロックダウンの方針を決定したため、予定を繰り上げて帰国していった。

無料で対応してくださったANA様、Airbnbのオーナー様、十津川の温泉旅館様本当にありがとうございました。

 

●2020年7月末

移民局より追加書類の依頼

 

銀行の共同口座の確認と、申請日から現在までのLINEやメールのやりとりを提出。

この頃には両国は完全に往来できなくなっており、結婚ビザ取得だけがオーストラリア渡航の唯一の手段になっていた。

 

●2020年8月3日

結婚ビザ発給

 

発給まで1年を想定していたので、嬉しい驚きだった。

急ぎ渡航の準備を進める。

 

●2020年8月中旬

飛行機チケット取得

 

キャセイパシフィック航空で11月7日成田発香港経由シドニー行きを予約。

関空からのチケットも売っていたが、問い合わせたところ欠航の可能性が高いと言うことで成田発を選択。

日本のコロナ感染は落ち着きを見せていたが、代わりにオーストラリア側で大流行。

11月7日と少し遠めの日程にしたのは、海外からの渡航者は隔離が義務付けられて費用3000ドルも自己負担だったため、この措置が緩和されるのを期待してだった。

 

 

●2020年10月

渡航延期を打診

 

11月になっても相変わらず隔離などの措置が変わる見込みがなかったため、キャセイパシフィックに渡航を12月頃に延期したいと相談。

しかしこの時すでにオーストラリア政府が新規航空券の取得を制限していたため、次に予約できるのが3月からのチケットになるとのこと。

つまりは日程変更が事実上不可能に。

 

さらにオーストラリアへの外国からの入国が週6,000人に制限されていたため、渡航2〜3日前にチケットがキャンセルされる可能性も示唆される。

急に渡航計画に暗雲が立ち込めたが、もはや選択肢もないので日程は11月7日のままで渡航準備を進める。

 

●2020年11月5日

渡航の可否を確認

 

出国の72時間前を切ったので、キャセイパシフィックに再度渡航の可否を確認。

「確約は出来ないが、ほぼ大丈夫」と言う歯切れの悪い返答をいただく。

 

●2020年11月7日

出国

 

キャセイパシフィック航空のみなさま、ありがとうございます。

 

 

 

今改めて渡航までの道筋を振り返ると、本当に運がよかったとしか言いようがない道筋だった。

 

事実こちらに来てから、家族が何度も渡航に失敗した話や入国出来ない話を何度か聞いた。

 

 

大した情報ではないかもしれないが、これが誰かの役に立てばと思っている。