ベトナム
それがきっかけで、なんとなく手元にある開高健の「ベトナム戦記」読み返したり、最寄りのフォーが食える店をネットで調べたりしている。
ベトナムで忘れ得ぬ光景が一つある。
始めてハノイに降り立った翌日の朝のことだ。
僕は始めて行った国の最初の朝はどうしても早起きしてしまう。
それがベッドが変わったことによる繊細な理由なのか、新しい土地への好奇心からなのかはわからないが、暗いうちから起きて街を恐る恐る歩き出すのだ。
旧市街はすでにすこしづつ目覚めていた。
ハノイの朝は早い。まだ日も昇らないのにあちこちから煮炊きの香りがし、スクーターバイクの地を這うようなエンジン音も少しづつ増え始めていた。
夜の残滓のような強く青がかった街は、大気汚染か物を焼く煙のせいか、米のとぎ汁を薄めたように淡くくすんでいる。
その中にぽつりぽつりと紅い光が灯っている。火の灯だ。
家の前に七輪のような物を出して、何かを焚いているのだ。
近くに行ってみると、何やら紙幣のような物を燃やして、拝んでいる。
それはかつて沖縄で見た清明節の儀式に似ていた。
金や物に見立てた紙を燃やし、天上の世界にいる先祖の霊に送るのだ。
しかしそこで見た儀式は周囲の景色もあいまって、神聖なようにも幽鬼の悪戯にも見える。
この世とあの世の狭間にあるような光景だった。
彼岸の際の世界をさまよっていると、突然それは存在した。
骨だ。見たことない大きさの骨。
道路の真ん中に突如として、巨大な牛の亡骸が現われたのだ。
ちょうど頭と両足を落とされ胴だけの肋骨が、僕の前に置いてあった。
ただそれだけだ。
ただそれだけだったが、ベトナムのどの光景よりも鮮明に覚えている。
それだけなのだ。