下京区コンプトン

下京区コンプトンに住んでます。

動機

思えば動機がくだらない事が実に多い。

 

10代後半の頃に好きだった歳上の女の人にどうにか取り入るためにレゲエを聴き始めた。

今では最もよく聞くジャンルの一つだ。

 

同じく、文化度高めの同級生の気を引こうと、たまたまやってたルノワール展に誘って出かけたことがある。

今ではその同級生より全然印象派の方が好きである。

 

山に登り始めたのもたまたま友達に誘われたからだし、このブログの原点もmixi時代の暇つぶしの延長だ。

 

多分、動機やきっかけなんて割とどうだっていいのだろう。

不純だろうと、気まぐれに選んだ結果だろうと、その後の相性や取り組み方によってどうとでもなる。

 

問題は動機やきっかけを掴めないほどに受動的になってしまうことだ。

そうなれば何も始まらないし、流されるままになってしまう。

 

というわけでこれからも余計なことやいらんことたくさんします。

よろしくお願い致します。

 

水を飲んで寝る

バーニー・ウェイラーは幼い頃、キングストンのスラム街トレンチタウンに住んでいたという。

家は極貧で、夕食に食べ物が何もない日もしばしば。

そういう時は「水を飲んで寝ろ」とだけ言われたそうだ。

 

この水を飲んで寝るという方法、当座の食欲を抑えるには大変有効だということが最近わかった。

ここのところ深夜の食欲が抑えられず、買い置きの食料を切り崩していた。

特に体重の増減に頓着がないので、夜中に食うこと自体に罪悪感はない。

しかし、食わなきゃ眠れないし、軽く食っても胃が動いて寝つきが悪い。

これが気に入らないのだ。

 

そこで、ウェイラー一家に古より伝わる水を飲んで寝るを実践してみた。

実際は湯冷ましぐらいの温度のお湯をガブガブ飲み、胃が満ちた感じがしたら寝る。

 

胃が満ちているので眠れないこともなく、朝も良い気分で起きられる。

悪くない。

 

そんなこんなで今日もバーニーに感謝しながらお湯をがぶ飲みし、床につくのである。

 

ビアガーデン

先日、大丸のビアガーデンなるものに行った。

なんでも100年ぶりの開催とのことだ。

たいしたものである。

 

このビアガーデンにはレイトプランなるものがあり、八時半以降の入場は大幅に割引になる。

クラフトビールも飲み放題のコースが3000円になり、大変お得感があった。

 

会場は室外機がむき出しの普通に醜い屋上階だったが、その日はそこそこに涼しかった。

料理のクオリティは低いものの食べ飲み放題なので、大いに飲み食いを楽しむことが出来た。

 

唯一残念なのは音楽だった。

なぜかクラブミュージック、しかも2011-12あたりに流行った微妙に時代遅れの音楽が割と爆音でかかっているのである。

おとなしく有線でも流していた方がマシなレベルだ。

 

自分のことをまだ若くてイケてると思っている中間管理職の40代既婚のおっさんが、数年前に不倫してた女子大生に教えもらったやつをそのまま持ち込んでいる。

そんなレベルの残念さだった。

しかもそれが組織で通ってるあたりも悲哀を感じる。

誰か止めなかったんだろうか。

 

下手に若者に媚びて滑るおっさんにだけはなりたくないと思った。

 

 

 

習慣づけ

いつの間にか文章を書くことを随分放置していた。

始めたことが三ヶ月持たない癖は本当に良くないことだと思う。

 

自分にとって習慣づけほど難しいことはない。

どうも同じことを続けるということが僕はとても苦手だ。

 

学生の頃はあらゆることが我慢していれば過ぎ去って行くものだった。

状況が芳しくなくても、うまく帳尻を合わせてやり過ごせば、進級や進学があらゆる問題を解決してくれた。

 

社会に出てからはそれがない。

あらゆる状況は個人の努力や意識づけによってしか変えることができない。

 

状況を変えるためには習慣づけた努力が必要である。

勉強でも、運動でも、継続することで力になると思う。

 

というわけで、また文章を書いていこうと思う。

何になりたい訳でもないけど、好きなことぐらいは続けられるようになりたい。

 

暴れ観音

祇園祭の催事で唯一足を運んだのは、暴れ観音という催しだった。

 

後祭の前夜遅くに南観音山の御神体が布でぐるぐる巻きにされて神輿で担ぎ出される。

それをいなせな若い衆たちが威勢のいい掛け声とともに振り回すのである。

「振り回す」という表現は決して誇張でも比喩でもなく、文字通り振り回している。

町内の翁曰く、昔はもっと過激に振り回していたらしく、仏像の首が取れることもあったそうな。

 

基本的に京都らしいチンタラ加減でダラダラ行われる祇園祭では、珍しくエキサイトする部類の催しである。

 

友人とも話していたのだが、世の中にあるこのような奇祭はどう考えても昔の不良が悪ノリで始めたとしか思えないものがある。

 

仮説だが、その昔手のつけられないカリスマ不良があのあたりに住んでて、仲間と悪ノリで仏像を持ち出したのが起源なのではないだろうか。

後発の若い衆もそれに習って毎年真似したため、今では謎の奇祭として残っている。

そんな気がしてならない。

 

そもそも祭りというのはノリと集団心理が年月をかけて神事化したようなものだし、そういう意味では祭りの正しい成り立ちなのかも知れない。

 

僕たちが昔悪ノリでやった奇行も、それだけが形骸化して残ればいつか祭りになるのだろうか。

自炊

自炊をよくする。

趣味というよりも必要に駆られてのことである。

一人暮らしでお金もそんなにないけど、ちゃんとした食事を三食しっかり食べたいとなると自炊以外に選択肢はない。

 

自炊は主に母親の真似事から始まって今に至るが、男が当然のように料理をするという概念を教わったのはバイトしていたラーメン屋の店長だった。

 

賄い付きだったそのラーメン屋では、暇な時にメニューにない料理を作ってくれることがあった。

だいたいは店長が片手間で作ってくれるもので、少ない材料を工夫してバリエーションを作ってくれていた。

 

店長は僕に

「これからは男も料理ができなあかん、女に胃袋掴まれるんやなくて、逆に掴んだるんや」

と言っていた。

 

残念ながら掴まれるチャンスも掴むチャンスもほとんどなく現在まで来てしまったが、「自活する」「少ない材料で工夫をする」という概念は現在でも役に立っている。

 

たまに手抜きもするけど、自ら美味しいものを作れるのはなかなかスキルだ。

 

 

 

チェスターが死んだ

朝起きたらチェスターが死んでいた時点から、今日の不幸は始まってた。

言わずと知れたリンキン・パークのボーカルである。

彼の自死が今日の始まりだった。

 

所用を済ませて家を出ると雨が降った。

仕事で使う資材が売り切れていた。

勉強がはかどらない。

仕事でトラブった。

 

どれもこれもチェスターが死んだことが引き金に思われてきた。

それだけチェスターの死は大きな不幸だった。

 

でも良い出会いもあったし、同僚と楽しい話も弾んだ。

最終的に決して不幸ではない今日だったが、それでも今日を振り返ると、彼の死が暗く頭を擡げるのである。

 

やっぱり死んでしまうのは悲しいことだし、自分で死んでしまったのなら尚更だ。

 

なるべく、生きていたいと思う。