下京区コンプトン

下京区コンプトンに住んでいました。

TMネットワーク

おかんの実家の向かいがTMネットワーク木根尚登の実家という無駄な情報を今日知った。

YMCA

西城秀樹が亡くなり、毎日TVに例の曲を聞かされている。

例の曲だが、原曲はアメリカのVillage peopleというゴリッゴリにゲイ受けを狙った(またはネタにした)グループの歌だということは意外に知られていない。

 

そもそもYMCAというのはキリスト教系のユースホステルのような簡易宿泊施設である。

同性での共同生活の中でゲイが多く集まる=ゲイの巣窟というステレオタイプから、YMCA=ゲイというスラングにも(当時は)なっていた。

 

PVもゲイのステレオタイプ衣装をきたメンバーが妙にノリノリで踊るというカオスな仕上がりになっている。

 

 

 

どうもTVで例の曲を聞く度に、このPVが頭に浮かんでくるのだ。

 

ベトナム

ベトナム出身の友人とベトナム料理を食べる機会があった。

それがきっかけで、なんとなく手元にある開高健の「ベトナム戦記」読み返したり、最寄りのフォーが食える店をネットで調べたりしている。

 

ベトナムで忘れ得ぬ光景が一つある。

始めてハノイに降り立った翌日の朝のことだ。

僕は始めて行った国の最初の朝はどうしても早起きしてしまう。

それがベッドが変わったことによる繊細な理由なのか、新しい土地への好奇心からなのかはわからないが、暗いうちから起きて街を恐る恐る歩き出すのだ。

旧市街はすでにすこしづつ目覚めていた。

ハノイの朝は早い。まだ日も昇らないのにあちこちから煮炊きの香りがし、スクーターバイクの地を這うようなエンジン音も少しづつ増え始めていた。

夜の残滓のような強く青がかった街は、大気汚染か物を焼く煙のせいか、米のとぎ汁を薄めたように淡くくすんでいる。

その中にぽつりぽつりと紅い光が灯っている。火の灯だ。

家の前に七輪のような物を出して、何かを焚いているのだ。

近くに行ってみると、何やら紙幣のような物を燃やして、拝んでいる。

それはかつて沖縄で見た清明節の儀式に似ていた。

金や物に見立てた紙を燃やし、天上の世界にいる先祖の霊に送るのだ。

しかしそこで見た儀式は周囲の景色もあいまって、神聖なようにも幽鬼の悪戯にも見える。

この世とあの世の狭間にあるような光景だった。

彼岸の際の世界をさまよっていると、突然それは存在した。

骨だ。見たことない大きさの骨。

道路の真ん中に突如として、巨大な牛の亡骸が現われたのだ。

ちょうど頭と両足を落とされ胴だけの肋骨が、僕の前に置いてあった。

ただそれだけだ。

ただそれだけだったが、ベトナムのどの光景よりも鮮明に覚えている。

それだけなのだ。

 

 

 

金鳥

ぼんやりとテレビを見ていると、

金鳥の虫除けのCMがやっており、もうそんな季節になったかと感じた。

 

金鳥のCMはだいたいものすごくシュールで、時折狂気さえ感じることがある。

全然普通のババアがキレキレでダンスを踊るなど、毎年ものすごいものを放り込んでくるので、、僕は大変にこのシリーズが好きだ。

 

はるか昔に付き合っていた女性が広告業界の人で、金鳥のCM製作者と会って話した事があると言っていた。

やはりあのシリーズは1人の人がずっと発案して制作しているらしい。

曰く、ものすごく普通の人で、むしろちょっと地味な印象を受けたぐらいだったそうだ。

 

実際見たことはないが、普通に道を歩いていてもわからないほど平凡な見た目の人が、

その中身に無尽蔵の狂気を秘めていると考えると、人間っておもしろいなと思う。

 

宿

宿の値崩れがすごい。

相部屋であれば2,000円を割ることも珍しくなくなってきた。

それも繁華街の徒歩圏内である。

 

もはや終電を逃してタクシーで帰るよりも泊まったほうが安い。

 

何より、その宿業界に身を置く者としては、

ケツに氷柱を突っ込まれるレベルで見が凍る危機感を感じている。

ジンクス

僕が冬物をクリーニングに出すと、

毎年必ず寒くなるのだ。

決闘

雨の休みの徒然に、くだらないB級チャンバラ映画を見ていた。

人がバッサバッサと切られていくようなやつだ。

ストーリーも単純な勧善懲悪モノで、頭を使いたくないときには調度良い代物だった。

 

子供の頃からあの手の映画の「殺陣」には疑問を抱いていた。

色々とツッコミどころは満載だが、特に切られ方や死に方にあまりにリアリティがない。

もちろん、リアリティ出しすぎると放送できなくなるのもわかっているけど。

 

いつだったか父に決闘の話を聞いたことがある。

武士が野原で殺し合うタイプのアレだ。

いわゆる真剣勝負と言うやつである。

 

父の祖父が幼少の頃に叔父にきいたとのことなので、おそらく幕末の話だ。

そこまでに及ぶ委細はよくわからないが、2人の男が切り合いをして、決着がつくまでを見届けたそうだ。

 

実際の真剣勝負というのは、チャンバラのように激しく切り合ったりはしないらしい。

双方が睨み合う形が長く続き、どちらかが踏み込んで少し刀を合わせ、また離れてにらみ合い、を何度も繰り返すらしい。

万事この調子なので、当事者には命の取り合いでも傍から見ているには退屈なものだったらしい。

 

2時間ほど決闘をし続けた結果、片方が精神力と体力の限界を迎えたところを、相手が討ち取ったらしい。

結局は剣術や技ではなく、気力勝負だったそうだ。

 

そのころはちょっと期待はずれのガッカリ話だったが、今思うとなかなかリアリティに溢れ、妙味があると思う。