颱風
沖縄では、台風の夜はみんな飲みに出かけるということを教えてくれたのは、
短い期間現地で付き合っていた年長の彼女だった。
確かに、ニュースが「猛烈な」と形容するような台風が来ている夜も、
那覇の繁華街は変わらず賑やかだったように思う。
むしろ、店のひとつひとつの中の熱気はいつも以上の、すこし異様な熱気があったようにも思える。
もちろん、暴風吹き荒れる通りを歩く人など皆無である。
ただ、その通りを飾る店々は、煌々と明かりをつけて商売をしているのだ。
沖縄の台風は凄まじい。
はっきりいって、関西で体験するものなどお話にならないレベルだ。
車を横倒しにし、信号を吹き飛ばし、樹を根こそぎ折り曲げ、文明生活に必要なインフラをことごとく奪っていく。
時には、運の悪い人間の命をも奪うのである。
そんな直下に飲みに出ると、どこかのタイミングで店に閉じ込められてしまうときがある。
外はとても歩けないし、タクシーを呼んでも店からの数メートルでずぶ濡れになってしまうのだ。
こうなったら風雨が落ち着いてくるまで、飲み続ける他ない。
バーには、似たような境遇の人たちがカウンターにへばりついていた。
これ以上、誰も入ってこないし誰も出られない。
即席の密室空間には、知っている人も知らない人もいたが、なぜかいつもより話がはずんだ。
妙な安心感と高揚感が漂っていた。
少なくとも僕は、うら寂れたボロアパートでひとり風雨の音を聞いているよりよっぽど安心した。
他にいる人たちも、一様に状況を楽しんでいるように思えた。
時折電気が不安定になったり、遠くで物の壊れる音が聞こえても、それを肴に一層杯が進んでいるようにも感じた。
知らないもの同士が結びつくきっかけは、同じ場所や経験を共有することにあると思う。
台風直下のバーには、まさにそれが揃っていた。
いつものバーとは違う濃厚な空気が、僕にはとても心地よく感じられた。
もう沖縄を出てずいぶん経つが、もしまた沖縄を訪れて、それが台風直下だったとしたら、あのバーを訪ねたいなと思うのである。