下京区コンプトン

下京区コンプトンに住んでいました。

お手伝い

京都の南の果てに南山城村という地区がある。

今日は縁があり、友達と民泊のおばちゃんのお手伝いをしてきた。

初めて外国人客を受け入れるとのことで、言葉が全く通じないことを心配していたおばちゃんの通訳サポートをすることになっていた。

僕自身、そこまで英語に自信がある訳ではないが、最近は勉強がてら機会があればそういう場面に積極的に首を突っ込んでいる。

 

結論から言うと、今日は全く英語を使う機会がなかった。

というのもお客さんは台湾のおばちゃん×3で英語がほぼ全く出来なかった。

ドヤ顔で通訳しに行った僕は一瞬でデクノボウと化した。

 

しかし、いつも食いきれないほどご飯をご馳走してくれるおばちゃんのお役に立ちたいと、必死でコミュニケーションの糸口を探った。

山奥なのでグーグル翻訳は不可だった。

結果、一番効果を発揮したのは筆談だった。

中国語は全然わからないが、なんとなくそれっぽいことをそれっぽくかくとそれなりに通じた。

 

例えば「私は台湾に行きたい」は

「我欲渡航台湾」

「東北震災の時、たくさんの支援ありがとう」は

「過日東北震災時、台湾送多支援、多謝」

という感じである。

 

何事も諦めないことと創意工夫である。

 

そんなこんなをしてると、不思議とお互いなんとなくコミュニケーションが取れてきたようである。

 

最後はおばちゃんを残して帰ることになったが、おばちゃんは日本語、お客さんは中国語なのに何故か会話が成立していた。

 

おばちゃん達の異常なコミュニケーションスキルは言語を超えられるのかも知れない。

黄金週間

GWが終わった。

5月3日にあれほど笑顔と希望に満ち溢れていた街も、今日は死んだ目と陰鬱に塗り替えられていた。

 

考えてみればGWは特別な休暇だと思う。

日本の主だった長期休暇は盆正月GWだが、盆正月はだいたい儀式めいた何かがある。

初詣をしたり、墓参りをしたり、よくわからない親戚のいるめんどくさい寄り合いに顔を出したりと、何かとそこに食い込んでくる文化風習に忙殺されがちだ。

 

しかしGWは違う。

ただの祝日、それも近代になって制定されたものの集まりなので面倒なしきたりが一切ないのだ。

故に自由度が高く、最も休暇らしく休暇を過ごせるのである。

 

さらに気候が素晴らしい。

盆は地獄のように暑く、正月は凍えるほど寒い。

どちらもはっきり言って娯楽に適していないのだ。

しかしGWのある五月は天候も安定しており、日本には珍しいさっぱりした気候を楽しめるのである。

実に娯楽向きだ。

 

それ故に、落胆の色も大きい。

遊びに遊びを尽くしたボロボロの身体で5日間を戦い抜かなければならないのである。

 

ただ、僕にはその落胆こそ羨ましく思う。

GW中はBBQを横目に出勤し、なんでもない日に休みをもらい手持ち無沙汰になる時、なんとも言えない孤独感を感じるのだ。

そんなことも世の中あるのだ。

こんびたろう

夜勤明けの日は元々芳しくない頭の回転が更に悪くなり、代わりにいつもの2割り増しで余計なことを考えるようになる。

 

今日は「こんびたろう」というワードが頭から離れなかった。

かつてどこかで聞いたことがあるけど、それが何か思い出せない。

 

しかし最近は便利なもので、単語さえ思い出せればその単語の持つ意味や事柄を容易にインターネットで調べることができる。

 

さっそくこんびたろうを調べたところ、どうやら童話のようだった。

多分小学校か何かで習ったのだろう。

更に内容まで調べると、以下のようなあらすじだった。

 

"この物語の主人公の名である垢太郎(あかたろう)・こんび太郎の名でも知られる。この物語は長らく入浴していなかった老夫婦の入浴シーンから始まり、この二人の剥がれ落ちる大量のこんび(垢)を固めて人形を作ることから始まる。

垢で人形を作ってしばらく放置しておくと、その人形に命が芽生え、立派な一人の人間の子供になったという。その子供は男の子であったため、生みの親である老夫婦は彼を「垢太郎」と名づけた。ここからこの物語は垢太郎が主人公となり進められていき、旅の途中に御堂コ太郎と石コ太郎と出会い、戦い、家来にしながら最終的に長者の娘を生贄につれていこうとした鬼(ただの化け物とする説もあり)を退治するというものである。"

(wikipedia調べ)

 

この物語、かなりヤバくないだろうか。

まず風呂に入れないレベルの貧民の老夫婦の入浴シーンから始まるのもヤバいし、大量に出た垢で人形を作るとかサイコの極みではなかろうか。

更にそのネーミングセンスである。

もはやこの老夫婦サイコパスとしか考えられない。

 

映画化すれば良くてR15指定、国によっては発禁処分の可能性もあるぐらいのイカれ具合だと思う。

 

そんなサイコ物語、どうやら僕達が小学校低学年の頃の教科書に載っていたようです。

サイコ物語で教育を受けた世代の僕達は、秘めたる狂気を孕んだまま社会に入り込んでいるのです。

そんなホラー話。

無職

無職だと思われていることがある。

だいたいは長いこと実際に会っていない知人友人である。

実際、無職だったり転職を繰り返したりしていたのでイメージを持たれているのは仕方ないが、さすがに三年も同じところに勤めているのにまだ無職疑惑持たれてることは非常に残念である。

 

どうやら、長いこと会っていない友人はSNSを見て僕を判断しているようだ。

海外旅行に頻繁に行くので、そう見えるらしい。

しかし、実際はその裏で極めて地味な仕事を毎日こなしているのである。

 

これは自分にも言えることで、SNSの投稿が華やかな羨ましい人たちも、その実は見えていない部分で地味で普通の生活を送っているのかも知れない。

スーパーで買い物もするし、排水溝の掃除もするのである。

だって人間だもの。

 

 

砕石業界3

砕石業界はコンプライアンスが本当に残念だった。

良い例にイミテーションメーカーの存在がある。

 

イミテーションメーカーというと聞こえは良いが、要するに模造品製造メーカーである。

 

石を割るという暴力装置を動かすと、石と直接接する部品やボルトはかなりの頻度で摩耗する。

摩耗した部品は正規メーカーから新品を買って取り替えるのだが、この摩耗する部品に狙いを定めて正規メーカーより安く物を作って売るのがイミテーションメーカーである。

 

何がタチが悪いかというと、イミテーションメーカーは結構な割合で正規メーカーを退職した職人が起こした会社であることだ。

ひどいところは正規メーカーのある機械の元設計職人が、自分の作った機械の部品のバッタ物を作って売っているのである。

もはやコンプライアンス云々というより人としての仁義の問題だ。

 

かくいう僕がいた残念な商社も正規メーカーの代理店をやりつつ、そのメーカーの機械部品の模造品を某国で作らせていた。

それを正規メーカー品の三割引ぐらいで売るのである。

 

本当に生き馬の目を抜く悪化悪霊の世界であった。

 

自転車泥棒

担当の美容師さんが自転車を盗まれたらしい。

マンションの前に無施錠で置いておいたらしいのだが、ボロい自転車なので盗まれないと思ったらしい。

事実今までは盗まれたことがなかったとのこと。

 

まあ仕方ないではあるが、そもそも自転車泥棒をする奴に自転車の良し悪しは関係ないんじゃないかと思う。

自転車泥棒を専門にしているのはごく少数で、ほとんどは物を盗むのがステータスになってる層のクソガキか終電を逃した酔っ払いであろう。

奴らには自転車が新しいか古いかではなく、いかに手軽に盗めるかが重要なのである。

防犯は加害者の視点から考えないといけない。

 

自転車を施錠してても盗まれる時は盗まれるけど、いかにパクりにくそうに見せるかが重要なのではないかと思う。

 

かくいう自分も家の古い自転車を学生時代に無施錠で置いてて盗まれたことがある。

何故か一年半後に大阪で見つかった。

今だに一年半の間どこにいたか不明だが、いつかその道程をオムニバス形式の短編小説にしたら面白いかなとか思っている。

自転車

今日は伏見を観光案内した。

旅慣れたカナダ人女性で、自転車で鹿児島を目指す道中らしい。

強者である。

午後から大阪を目指すので、必然自分も自転車での観光案内となった。

 

普段バイクに乗っているため、自転車は半年ぶりだった。

自転車は乗り慣れていないと尻に負担がかかる乗り物だ。

片道10kmの負担全てが僕の尻に襲いかかる。

 

行き道は地域の歴史や文化を残念な英語で説明していたので、特に疲労は感じなかった。

問題は帰り道。

折しも追い風の登り坂。

行き道の楽しさとのギャップ、溜まって来た疲労が全部尻に来る。

 

立ち漕ぎは風を受けるし、座れば尻に鈍痛が襲いかかる。

まさに苦行。

 

カナダ人女性はこれから毎日80km走って鹿児島を目指すとのこと。

鉄の尻を持っているに違いない。

英語で言うとIron hip womanである。

オラついた黒人ラッパーの曲名みたいですね。